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[29] 監督ブログ お名前:監督  2011-12-13 09:33:58 
チームは今期、創部10周年を迎えた。この節目の年にふさわしいタイトルを5-6年生がもたらしてくれた。

1〜3年生限定で、しかも船橋小学校のあの狭いグランドだけでの活動チームとして産声をあげた「船小サッカークラブ」は、その後F.S.C.とその名を改める。更に活動学年を6年生までに拡張し、南本町小学校の使用許可を受け、部員数70名を超えるチームへと成長した。軸足をこの船橋に置き、市の大会では勝負にもこだわりながら更に上を目指し活動してきた。

古くを知る人は今でもウチのことを『船小さん』と呼ぶ。それを聞くたび胸中では、忸怩たる思いを感じてきた。新参のチームがその名を認めてもらうにはやはりタイトルの冠載が必要だ。ミニサッカーではたびたび上位に顔を出すようにもなったが、大きくその名を売るには至っていない。むしろ、各コーチにはミニサッカーでメダルを取ることに執着し、本来の目的を見失うことを諌めている。ミニサッカーでは勝てたが8人制、11人制になるととたんに勝てなくなるという事を嫌というほど見てきているからだ。

船橋市のサッカー協会は1〜5年の大会ではブロック制を導入している。登録のチーム数が多いため致し方ないのだが、各ブロックの優勝までしか決定しない。従って、ひとつの大会で複数(3〜4チーム)の優勝チームが存在する事になる。つまり、優勝すれば金メダルを手にする事は出来るが、本当の意味でのナンバー1ではないのだ。

その意味でブロック制が導入されていない6年生の3大会(船橋選手権、秋季市民大会、関塚杯卒業生大会)はタイトルの獲得が非常に難しくその価値は重い。優秀な選手が集まり、市内ではタイトル争いの常連となっているようなチームからすれば「1回まぐれで勝ったくらいで大袈裟な」ということなのだろうが、そんな指摘も甘んじて受けよう。というのも6年生がこのタイトルを手にするまでにはちょっとした紆余曲折がある。

“前途洋々” 5年8ヶ月前、名を改めたばかりのF.S.C.に入部してきたその子達には、そんな言葉がいかにもしっくりくるものだった。近隣のチームが羨むほどの好タレントが揃っており、順調に成長すれば県で上位を争うことも充分可能なそんなメンバーだった。実際、以前この稿でもご紹介した通り、3年生の時にはまったくプレーしたことのない11人制の県大会でベスト16に勝ち進んでいる。そこで破れはしたものの、残ったチームとの差を強く感じる事はなかった。

“栄枯盛衰” おごれた訳では決してないが、その後チーム力は大きく下降線を辿る事となる。受験、転校、移籍と相次いで主力選手を欠いて行く。ベスト8を賭けて戦った3年生の県大会最後の試合、あの時の先発メンバーの内、今なおチームに残っているのは実に3人だけだ。悔しかったと思う。つらかったと思う。少なくても私は悔しかった。ただ、他の選手がチャンスを得て大きく成長したのは紛れも無い事実で今大会優勝の最大の原動力だ。

“慇懃無礼” 数名の移籍していった選手には「新しいチームでも頑張れ」笑顔で送り出すが、心の中では『いつか見返してやろう』それが本音だ。残った6年生全員に同じ思いがあったと思う。私を信じて、また、F.S.C.が好きでチームに残ってくれた選手たちを導くことが私に課せられた重い重い使命だ。

『負け慣れてきた』 6年生になってからのチームの印象だ。黄色というよりもはっきりと赤信号。悔しさは慣れてくると反発力を生じさせない。そうして向かえた船橋選手権。結果は案の定、予選敗退。やっぱりダメなのか?所詮メンバーがこれだけいなくなれば勝てなくても当たり前?いや、もう一回やろう。まだ、子供達と正面から向き合っていない。取り残されたメンバーへの同情?それではあまりに卑怯だ。子供達は取り残されたなんて思っていない。大人の感傷だ。

こうして子供達と向き合った3ヶ月。「もう諦めた。お前たちには何も期待しない」何度も突き放した。本気で向き合ったからこそ発する厳しい言葉。とにかく悩んだ3ヶ月。コーチ、ご父兄、実にたくさんの方からご意見を頂戴した。その都度、見捨ててなんかいないと釈明した。少しづつ子供たちにも変化が見え始めて迎えたこの秋季市民大会。予選はベンチに入らず指揮も取らなかった。貧乏くじを引かされたのは三宅コーチ。この重責が指導者としてのキャリアにプラスになったとただただ信じたい。この大会の影のMVPでありスペシャルサンクスを捧げたい。

決勝トーナメントからの4試合、子供たちにはとにかく自信が必要だ。かつては有り余っていた自信。そして失った自信。「この16チームを勝ち抜く力はある。監督が言うんだから信じろ」何度も口にした。「俺を信じろ」

この大会、ベンチの椅子にはほとんど座らなかった。三宅コーチへの申し訳ない気持ち、子供達と一緒に戦かおうという気持ち、理由を問われれば心中は複雑だ。

正直、結果は出来過ぎだと思う。困難を乗り越え涙の優勝、今時、スポ根漫画でもこんなベタな結末は描かない。ただ、優勝祝賀会を見ていて素直に感じたことがある。監督に成り立ての頃、まだ何のビジョンもなかったが、ただ漠然と“チーム”を作りたいと思った。単に籍を同じくする事がチームではない。競争と尊重の中にこそ連帯感が生まれる。確かに高い意識を持つ選手が集まるクラブチームの方が技術の指導はやりやすいだろう。ただ、味方を蹴落としてでも上に上がろうという競争は勝てるチームは作るが真の連帯感は作らない。あの日思った『いつか見返してやろう』はこの優勝で達成されたのではない。祝賀会での満面の笑みと弾けんばかりの喚声の向こうにはっきりと見える“チーム”の中にある。



[26] 監督ブログ お名前:監督  2011-11-24 19:54:00 
6年生市民大会のベスト16が出揃った。
F.S.C.も2位通過ながらここに残ることができた。

ベスト16の顔ぶれを見ると学校体育のチームの健闘が目立つ。その原動力は何といっても1年365日でもできるその練習量だろう。これに対抗するのは並大抵のことではない。ウチのような社会体育のチームが対抗するにはやはり質を上げるしかない。つまりは『意識をどう高く保つか』ということだ。ここ数ヶ月、6年生と時に言葉を荒げながらも向かい合ってきたことである。

社会体育のメリットは学校体育に比べサッカーを始める時期が早いことだ。一般に4年生頃から始める学校体育に比べ、幼少期に基礎を習得できる社会体育のアドバンテージは小さくない。確かに始めたばかりの4-5年生くらいでは学校体育のチームは社会体育の後塵を拝することが多い。しかし、6年生になるとその差はあっという間に詰まってしまう。さながら、息切れし始める先行馬をゴール前一気に抜き去っていく差し馬のようだ。その脚色は悲しいほども違う。

ただ、レースはいつも差し馬が勝つとは限らない。ゴール前でもう一度伸びる「二の足」を使う馬やゆうゆう逃げ切れるリードを前半につける馬など先行馬や逃げ馬が勝つレースも多い。F.S.C.としてはしっかり「二の足」「三の足」が使えるチームを目指したい。そのために必要なのが冒頭に述べた『意識をどう高く保つか』なのである。

よく考えて欲しい。後ろからターフを削るひずめの音はもうすぐそばまで来ている。ウチと同じく先行した馬は「二の足」を使おうとそのタイミングを計っている。決められた時間に来て、言われた事をやるだけの練習でもう一度伸びる脚を使えるだろうか。

競馬に喩えることの善し悪しの議論はさておき、小学生年代のサッカーをひとつのレースに喩えるなら、スタートからゴールまでその時その時の“今”を見失わないことだ。他のチームを見るとスタート直後の1年生にもムチを入れているシーンをよく見る。頭ごなしに否定するつもりはないが“今”やるべきことではないと思う。スタート直後は手綱を緩めれば大きく遠回りしてしまうのでしっかり目を光らせる必要がある。その方法で「怒る」ことは一番簡単でラクな方法だ。コーチがラクをするなら結果も求めてはいけない。

勘違いしないで欲しいのはムチを打つなと言っているのではない。ムチを使わずに勝てるほどレースは甘くない。かく言う私も散々ムチを打っているひとりだ。「馬に謝りながらムチを打っている」と言っている騎手がいたが私もそういうムチでありたいとは常々思っている。思い通りいかない苛立ちや負けた悔しさをムチに込めるのであれば性質の悪さにおいてそれはやけ酒と変わらない。(下戸ですが・・)

それぞれの学年のコーチも是非、今どこを走っているのかを強く意識して欲しい。何もミニサッカーで勝つことに躍起になる必要はない。ただ、勝つことに努力しない大会に意味はない。大会で優勝することは目標であり目的ではない。大切なのは目標と目的を混同してはいけないし、目標が目的を上回ってもいけない。言うまでもなく目的とは子供たちが確実にステップアップしていくことである。

6年生がスタートからその時その時の“今”を見失わず力を貯めて来られたかはここからの脚色にかかっていると言ってもいい。小学生年代というひとつの節目としてのレースは先行馬に追い込み馬も入り乱れていよいよ最終局面を迎える。夏の船橋選手権優勝チームは予選で散った。過去の勢力図に意味はない。ジュニアサッカー指導者としての私の“目標”は毎年ここで勝負ができるチームを作ることだ。6年生の指導に愛想を尽かしたんじゃないかとの声も聞こえたがムチを持つ手は全く緩めていない。レースは今まさに第4コーナーを回ったところだ。



[25] 大会報告 お名前:yamazaki  2011-11-11 17:32:14 
少し遅くなりましたが、報告です。
3年生の県大会が終わりました。選手のみなさん、保護者の皆様、コーチの方々、本当にお疲れさまでした。ありがとうございました。残念ながらチーム初の県ベスト8進出はなりませんでしたが、選手たちはこの大会を通じていろんなことを学び、成長してくれたのではないかと思います。3年生になっての初めての大きなグラウンドでの試合、今まで対戦したことのない県の強豪との試合、今まで経験したことのない雰囲気の中での試合、そして勝ち進むことによって得られた自信やサッカーの楽しさ、仲間と共に闘うこと、そして敗戦の悔しさ・・・。どれも本当に貴重な体験でした。たくさん試合ができたことは本当に良かったと思います。

客観的な目で個々の実力を判断したら、はっきり言ってベスト24という結果もちょっと出来すぎかなと思うところもあります。しかしそこは我々コーチ陣が理解していれば良いことで、素直に選手の頑張りを褒めてあげましょう。技術的な面で、大人の理想で語ったらきりがありません。ましてや技術は1日、2日で上達することもありません。
それでも冷静に分析すると、やはり止める、蹴るの基本動作に差がある。それがゲームでは大きな差になって表れている。それは単純な止める、蹴るではない。例えば敵がいない状況で止めて、蹴るという練習をさせたら、多分そんなに差はないはず。しかし、ここに敵がいるから、ここに止める、敵が後ろから来ているから、こうする。いわゆる「状況判断」ができない。というか、そういう習慣がない。このまま進めば少々危険だと感じます。
自分で考える習慣がなく、ベンチの指示によって動いている。
我々もついつい熱くなって「こーしろ」、「あーしろ」と指示をしてしまいますが、反省です。

サッカーは「状況判断と正確なボールコントロール」が基本です。
キック力や、浮玉の処理などはある程度、時が経てば身に付く。(もちろんポイントの指導は必要だが)そこに本質的に大きな問題はない。Think Before, Look Around。周りを見て自分で考えてプレーすることは習慣づけなければ大人になってもできない。
船橋からは夏見FCと高根東の2チームが県ベスト8に残った。イレブンも得失点のわずかな差であった。そんな身近な強敵と今後勝負していく為には、このような点が課題になると思いました。

逆に良い面を見ると、今大会での成長の一つは、チームとして戦えたということが挙げられます。戦術的にもそうですが、自分たちで荷物を運び、自分たちでウォーミングアップをし、全員で声を出し盛り上げました。会場や他のチームの関係者に大きな声であいさつをし自分たちで考えて動く姿は立派でした。

この大会が3年生にとっての飛躍の一歩となるよう今後も頑張っていきます。
関係者、保護者の皆様、応援本当にありがとうございました。
ちなみに、2次リーグでやられた若松エルフは決勝まで進出しています。優勝してほしいなー。



[23] 監督ブログ お名前:監督  2011-10-12 08:56:40 
秋本番を迎え、多くの大会が始まりあちらこちらで子供達の活躍が観られる季節になった。

この3連休もコーチの配置に困るほど試合に練習にと奔走する3日間だった。その中で5年生の東武カップに焦点を当てたい。

結果から言えば0-1の惜敗という事になる。対戦相手の高根東SSSはほんの3週間前にブロック代表予選で0-3と完敗した相手だ。その事がリベンジに燃える形と出るのか、苦手意識や諦めとなって作用するのかは5年間見てきてもやらせてみなければ判らない。

答えは前者だった。終始相手を押し込んだ。3週間前とは明らかに立場は入れ代わっていた。内容的には3-1のゲームだったと思う。しかし結果は前述の通り0-1。それが意味する所は私と三宅、大澤の両コーチが考えればいい事だ。

それよりも今大会の最大の成果は試合後に子供達の目から自然に流れた涙と会場に来た8チームの中で1番立派な挨拶が出来た事だと思う。3週間前にはひと粒の涙も流れなかったし、あんなに心に響く挨拶もできなかった。プレーと挨拶で大きく存在感を示せた事は、今、チームが変わろうとしている事の手本とも言えよう。

子供達にはサッカーを通して学ぶべきもの、身につけるべきものは何なのかを強く問い掛けた1ヶ月だった。緩んだパーツをもう一度締め直すのか、緩んだまま騙し騙し走るのか、決断は子供達に委ねた。子供達が出した結論はもう一度締め直す道だった。

自分達で決めた覚悟の責任は重い。その第一歩をまず4-5年生が力強く踏み出したという事だ。5年生はミニサッカーではほとんど負ける事がなかった。常にメダルの色を争う勝負をしてきたが、8人制、11人制ではなかなか結果が出ない。この日の戦いぶりは5年生にメダルを争う力がある事をあらためて証明してみせるものだった。

一番難しいのは継続だと思う。たまたまいい試合をする事はよくある話だ。常にこのゲームが出来て初めて実力と言える。もう一度栄光を掴む道のスタートラインにたったその姿は3週間前のそれより心なしか、いや確実に逞しく見える。



[22] 第一歩 お名前:三宅  2011-09-11 00:32:59 
リーガクレシミエントの試合から1週間。6年生にとってのもっとも大事な練習日は、幸か不幸か「練習試合」という形で迎えることとなった。6年生の練習試合は、担当コーチの話から始まった。アップの時間を割いての話。先にアップを始めた4,5年生。4,5年生には、体操の途中で最初のランニングからやり直させた。5年生には、先週の試合のこと、来週から公式戦が始まることをもっと認識して練習に挑んでほしい。

6年生のゲームでは、審判を行ったこともあり、より近い所から選手のプレー、意識を観察できた。攻めの中心選手をトレセンで2人欠き、いつもと違うポジションに選手たちは戸惑っていた。そのような状況下で些細なミスからの失点。選手たちは大きな正念場を迎える。選手たちにその意識はないと思うが、残り半年の少年サッカーの過ごし方を決める大事な残り10分。選手たちより、この10分の内容を見た、聞いた指導者側の意識に大きく影響する。この危機を救ったのは先週参加できなかった、堅実な選手の一弾だった。ペナルティエリアの少し外側正面からの迷いのないシュートは、力強くゴールネットに突き刺さった。この世代の選手にとって得点の力は非常に大きい。その後は、動きもよくなり、得点の喜び、勝つことの喜びをかみしめるように、楽しそうにサッカーをやっていた。「奮起」の第一歩目としては、合格点といえるだろう。ただ、これで満足してほしくない。今日の喜び、楽しさを忘れずに今後の練習に挑めば、もっともっと上に進める。今日はまだ、第一歩目だ。上るべき階段は、もっとたくさんある。



[21] 監督ブログ お名前:監督  2011-09-05 17:10:54 
『足踏み』

6年生が難しい時期を迎えている。一生に一度だけ訪れるゴールデンエイジ(即時の習得)は大人への最初の入口と一緒にやってきた。

やっと初戦を迎える事が出来たリーガクレシミエントが2試合行われた。6年生のあまりのふがいなさに1試合目の後半以降、リーガの後の練習試合も含めすべて5年生で戦った。本当は全員を代えたかったが、悲しいかな5年生だけでは11人揃わないので辛うじて戦う気持ちの見える数人だけを残した。もちろんその選手たちが合格点を与えられた訳ではない。

試合の事だけを言っていると勘違いしないで欲しい。基礎の部分の練習は反復が原則だ。直近でも始めの30分で必ずやる練習がある。何週、何回繰り返しでも毎回同じ指摘を受ける。技術的なミスではなく練習の狙いとする部分だ。そこを意識しないなら練習なんて毎回ランニングだけでもいいというポイントだ。つまるところ一事が万事そういう事なのだ。練習がいつもふりだしに戻ってしまう。昨日懇切丁寧に説明した事を今日まったく同じ指摘をしなければならない。もっと言えば30分前に指摘されたことをすぐまた繰り返す。この意識の低さは筋金入りだ。

結果、練習がまったく前に進んで行かない。まさに足踏みだ。ポテンシャルから言えば、少なくても市内では上位を争える素材たちだし現にそうあった。昨日の試合や船橋選手権がそうであるように今はどことやっても勝てないと思う。最初から弱かったのではなく、ほとんどのチームに追い抜かれていった様子は、試合の結果だけでなく会場で目にする試合前のアップひとつを見ても明白だ。

思春期に入りつつある子供たちの内面の変化も無視はできない。がむしゃらに練習する様が格好悪いと思う感情だ。物事に対して斜に構え、目上の相手にも反発心が芽生えてくる。あからさまな反発はまだ見せないが、話しをする際に意図的に視線を逸らしたり、思うように行かない事に面白くないという感情を表に出すなどの行動はチラチラ見られるようになってきている。ただ、スポーツの世界ではそれらもただの言い訳としか捉えてもらえない。当然、思春期を迎えるのはウチの子たちだけの話ではない。

難しい年代になりつつあるのは理解しているが、同じく訪れているゴールデンエイジを浪費していく子供たちを見るのが忍びないし、指導者として歯がゆい。6年生の試合に行って全く試合に出してもらえず、しかも目の前で自分たちの代わりに5年生が試合をしている姿をただただベンチから見させるというのはかなりの荒療法だ。「試合に出して下さい」「もう一回6年でやらせて下さい」コーチから背中を押されるのではなく自分からそう言い出す気持ちが今の6年生には必要であり私が求めているものだ。

試合は練習の延長だ。何度も何度もそう言い聞かせてきた。練習に望む姿勢が試合にも表現される。試合の時だけスイッチを入れることは絶対にできない。今日の試合の内容は、昨日の練習姿勢の表れだ。試合後、子供たちには奮起を期待して次の大会も5年生で望むと話した。試合中コーチに背中を押されて「試合に出して下さい」といってきた選手はいたが認めなかった。試合に出たい気持ちはコーチに背中を押されてではなく、来週からの練習で見せろと言った。練習では目だけを見よう。それで大抵のことはわかる。それくらいこの子達の事は見続けてきた。私が監督を拝命して最初に迎えた1年生が今の6年生だ。我が子と試合が重なってもこの子達の試合会場に出向いた。それくらい思い入れのある学年だから要求も厳しいのだろうか。

次の大会(CTC杯)までちょうど1ヶ月。そして秋の市民大会。1試合でも多くこの子達に勝つ喜びと目一杯戦った達成感を味あわせてあげたい。頑張れ6年生。もう一度奮起を!





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